From:西田貴大
これから店舗ビジネスで起業しようとしている方、あるいはすでに集客に苦戦している経営者の方へ。 情熱や勢いだけで新規事業を始めると、必ずと言っていいほど失敗します。 今回は僕がオープン前から「確実に潰れる(失敗する)」と確信した大手フランチャイズジムの事例をもとに、ビジネスを失敗させないための正しい市場調査と数式についてお話しします。
「月1万円払うから、西田さん、ジム作ってよ」
以前僕が通っていた市営のフィットネスジムで、トレーニング仲間にそう言われたことがあります。
そのジムは月額利用料が異常に安く、熱心にトレーニングをする「マッチョな常連」が多い場所でした。しかし、置いてある器具はノーブランドの安物か、あるいは利用者が自分で溶接して作ったような手作りのものばかり。競技志向の「ガチ勢」からすれば、決して満足のいく使用感ではありませんでした。
仲間の不満を聞いた僕は、当時ひそかに頭を抱えていました。
「いっそのこと、自分で本気のジムを作ってしまおうか……」
そこから僕は、「本気のガチ勢を満足させるジムを作るにはどうすればいいか?」「どうすればビジネスとして成り立つのか?」を真剣に考え始めました。ジェイ・エイブラハム流のマーケティング理論を駆使し、初期コストを極限までゼロに抑えるアイデアもいくつも練り上げました。
しかし結論から言うと、僕はジムを作るのを完全に諦めました。
徹底的なリサーチと計算を重ねた結果、この事業はビジネスとしては絶対に成り立たず、ただの「金のかかる趣味」にしかならないという残酷な現実に行き着いたからです。
「情熱」と「勢い」だけで起業する者が陥る罠

なぜ僕は、自分の理想のジムを作るという情熱的なアイデアをあっさりと捨て去ることができたのか。 それは、ビジネスにおいて最もやってはいけない致命的な失敗が、「市場規模(お金を払ってくれる人の数)を無視して見切り発車すること」だと知っているからです。
世の中の多くの起業家や経営者は、情熱や思いつきだけで商品を作り、店舗を構えてしまいます。 そしていざフタを開けて売れなかったときに初めて、「売り方が悪かったんだ」「広告のキャッチコピーを変えよう」と、小手先の集客テクニックにすがりつきます。
しかし、それでは遅いのです。 そもそも「お金を払ってくれる人が、そのエリアにどれくらい存在するのか」。そして「ライバルと比較されたときに、明確に選ばれる理由があるのか」。
これらを事前に徹底的にリサーチし、計算し尽くしていなければ、あとからどれほど天才的なマーケティング施策を打とうとも、絶対に売上はあがりません。
では、僕がジムの設立を思いとどまるまでに、具体的にどのような計算を行い「撤退」を決断したのか。その裏側の思考プロセスを公開します。
机上の空論を打ち砕く「フェルミ推定」と「現場のリアル」

まず僕は、この地域に「ガチ勢向けのジム」の需要がどれほどあるのかを可視化するため、AIを用いて「フェルミ推定」を行いました。
(※フェルミ推定とは、実際に調査するのが難しい数字を、手持ちのデータや論理的な仮説を組み合わせて概算で導き出す推論手法のことです。)
初期の段階では、以下のような単純な掛け算の式を組み上げました。

- Pcity(地域の総人口) = 商圏となるエリアの人口
- Rgym(ジム利用率) = フィットネスジムに通う人の割合(全国平均の約3〜4%)
- Rcore(ガチ勢の割合) = その中で「競技用の本格的な器具」を求める人の割合
このフェルミ推定の結果、月額8,000円(ガチのパワージムの基本価格)を払って通ってくれる人は、この地域全体で「約65人」いるという推測が出ました。
これだけでも事業としてはかなり厳しい数字ですが、本当の地獄はここからでした。 実はこの最初の「65人」という推測データには、僕が自分の足で泥臭く集めた「現場のリアルな条件」が全く織り込まれていなかったのです。
まず、ジムの仲間たちにヒアリングを重ねた結果、彼らの大半は「3,000円くらいまでなら払ってもいい」と考えていることが分かりました。香川県のドケチな県民性がもろに出た非常にシビアな懐事情です。(地方とはいえ、まともなジムなら5,000円は下らないのですが……)
さらに、実際に関東圏でジムを経営している友人にリサーチを行ったところ、「どれだけいい環境を整えようと、自宅から車で30分以上かかる人は絶対に続かない(必ず退会する)」という残酷な事実を突きつけられました。
そこで僕は、先ほどの式に「車で30分圏内の人口に絞る」という商圏の制約と、「価格へのシビアさ(県民性)」という独自の変数を組み込み、もう一度再計算を行いました。
その結果……現実的な予測で「14人」、悲観的な予測ではわずか「7人」という絶望的な数字が弾き出されたのです。
こんな市場規模では、どれほど優れたマーケティング戦略を用いて初期コストをゼロにしたところで、ビジネスとしては全く無意味です。
「NBDモデル」が突きつける、熱狂的ファンだけでは生き残れない数学的真理

さらに僕は、単なる人数の計算だけでなく、消費者の購買行動を予測する確率モデルである「NBDモデル(負の二項分布)」などの高度な計算式も用いて生存確率を検証しました。
(USJをV字回復させたマーケター、森岡毅氏が活用していることでも知られる理論です。)
NBDモデルの根幹となる方程式は、少し専門的になりますが、以下のような要素で構成されています。

- P(r) = 消費者が特定の期間内に「r回」来店(継続)する確率
- M = 消費者全体の平均来店回数(市場の浸透度・パイの大きさ)
- K = ブランドへのロイヤリティ(リピートの偏り)を示すパラメーター
少し難解に見えるかもしれませんが、この数式が示しているのは「一部の熱狂的なファン(ガチ勢)だけを集めたとしても、市場全体のパイ(M)が小さすぎれば、確率論的にビジネスは必ず崩壊する」という冷酷な数学的真理です。
どれだけ器具にこだわり抜き、数人のガチ勢が毎日通ってくれたとしても、分母となる市場が「7〜14人」しかいないのです。たった数人が引っ越しや怪我で退会した瞬間に、そのジムは倒産します。 数学的に見て、どうやってもこの事業が成功する確率は「ゼロ」でした。
一つ誤解のないように言っておきますが、僕が考えたジムの「コンセプト」自体が悪かったわけではありません。
むしろマーケターの視点から見ても、「超ガチ勢向けに特化した環境」というコンセプトは極限まで尖っており、強烈な集客力を持っていました。
実際、僕の数少ないボディビルをやっている友人ですら、「その環境を作ってくれるなら絶対に行くわ」と即答してくれたほどです。もし出店場所が人口の多い都市部であれば、間違いなく熱狂的なファンを集めて大成功していたでしょう。
しかし、どれだけコンセプトが鋭くても、どれだけ熱烈な見込み客がいても、そもそもベースとなる「絶対的な母数(人口)」が足りなければビジネスは成立しません。それが地方ビジネスの現実であり、変えられない数学的な限界なのです。
大手フランチャイズですら「基本のリサーチ」を怠り、爆死する

そんなリサーチと計算を終え、僕が完全撤退を決めていた矢先のこと。 なんと僕が調べたのと同じエリアに、突如として月額2,980円の大手24時間フィットネスチェーンが出店してきました。
Webサイトの画像で確認した限り、器具の質は周辺のフィットネスジムよりはマシという程度。しかし、ラックのツメが高すぎてバーベルを戻しにくいタイプのもので、こだわる人間にとっては非常にストレスが溜まる仕様でした。(そもそも、僕に「ジムを作って」と頼んできた仲間が不満に思っていた原因の一つが、まさにこれです。)
おまけに、コンビニの空き店舗を居抜きで改装したため、店内は非常に狭い空間でした(駐車場は広い)。
さて、あなたはこのチェーン店が成功すると思いますか?
確かに、僕がターゲットにしていた「ガチ勢」とは層が異なるため、見込み客のパイ自体は僕の予測よりは多いでしょう。
しかし、月額2,980円という低単価のビジネスモデルは、店舗に「300〜400人」の会員を常時抱えていなければ利益が出ない構造になっています。
あのエリアの人口密度とターゲット層の割合から計算して、どう足掻いてもその数字を維持することは不可能です。
結論として、あの店は「オープンする前の時点で、すでに失敗(撤退)が確定している」と僕は断言できます。
唯一生き残る道があるとすれば、一般客の集客を諦め、すぐ隣にある高校の部活動とBtoBで法人契約を結ぶくらいしか活路はないでしょう。(当然、彼らがそんな泥臭い営業をするとは思えませんが。)
なぜ、大手チェーンにもかかわらず、彼らはこんな基本的なリサーチと計算すら行わずに出店してしまったのでしょうか?
フランチャイズ本部のSNSを見ると「〇〇店舗目オープン!」と、出店拡大の「数」ばかりを誇らしげにアピールしていることからも、その浅はかな理由は明白です。
最高のマーケティングは「勝てない戦を避ける」こと

今日、あなたに最もお伝えしたいのは、ビジネスにおいて一番やってはいけないことは「勝てない戦場に、情熱だけで突撃すること」だということです。
どれほど優れた商品を作っても、どれほど画期的なマーケティングの知識があっても、数学的な「市場規模の限界」を覆すことはできません。 僕が自分の理想のジムを作るのをやめたように、ときには客観的なデータをもとに「やらない(撤退する)」という決断を下すことこそが、経営者の最も重要な仕事の一つなのです。
あなたも、新しい事業や商品のアイデアを思いついたときは、勢いで形にしてしまう前に、まずは冷静に「リサーチ」と「計算」をする癖をつけてみてください。
負け戦を避けることこそが、ビジネスで長く生き残るための最大の秘訣ですから。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
西田貴大
P.S.
あなたが今、どれだけ一生懸命集客しても売上があがらないのだとしたら……それは売り方の問題ではなく、今回のジムの話のように「そもそも数学的に勝てない構造(市場規模やターゲットのズレ)」のまま戦っているからかもしれません。
どれだけ優れた小手先のテクニックを使っても、ビジネスの土台にある「見えないブレーキ」に気づかなければ、状況が好転することはありません。 まずは客観的な視点で、自社のビジネスの根本的な欠陥(ボトルネック)を特定してみてください。
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